LZ127Profile

飛行船の原理と操縦要領

NT-Mainau

水上船舶との違い

飛行船は最も知り尽くされているようで、最も知られていない航空機である。ここで、飛行船は何故空中に浮かんでいることが出来るのか、逆立ちしたり横転することはないのかについて少し考えてみる。

ロケットは液体か固体の燃料を燃焼させ、それを噴射させて引力に逆らって上昇してゆく。飛行機は大きな翼を持ち、エンジンでプロペラを回すか、ジェットエンジンの噴射によって前進し、空気と翼の相対速度によって揚力を生じ機体を浮揚させる。従って静止していては揚力が生じないので空中に浮くことは出来ない。これを動的揚力という。

水上の船舶は船体が水に浸かることによって排除した水の質量に見合う浮力で釣り合って浮かんでいる。従って静止していても水に浮かんでいることが出来る。これを浮力、あるいは静的揚力という。

飛行船は主として浮力により浮揚し、航行中は動的揚力も利用して運航される。

浮力は「アルキメデスの定理」としてよく知られている。真水の密度は3.98℃で、1.000g/立方cmであるが、空気の密度は気圧、気温によって変わり、水銀柱760mm、5℃で、0.00127g/立方cmと真水のおよそ千分の一である。飛行船のガス嚢に空気より軽い気体を充填し、構造・エンジン・荷物や人間など搭載物を含む飛行船全体の質量が、飛行船の排除する空気より小さければ浮揚し、等しければ空中に静止する。浮き上がるためにガス嚢に入れる気体を浮揚ガスというが、硬式飛行船の時代には主に水素ガスが用いられていた。水素は空気と混合すると4~75%の範囲で爆発するため、現在は不活性ガスのヘリウムが用いられている。熱気球もこれと同じ原理であるがガスバーナーで空気を熱し、高温空気を浮揚ガスとしており、バーナーの燃焼により調整しながら飛翔する。

しかし飛行船ではこのような揚力調整は出来ない。気流・気温・気圧の微妙な変動により維持が困難である。この点が、数万トンの載荷を積載しても揚荷しても多少喫水が変動するだけで安定して浮いている水上船舶とは根本的に異なるところである。

基本的に飛行機は動的揚力で浮揚し、飛行船は浮力(静的揚力)で浮揚するが、飛行船も動的揚力を使って操船される場合がある。「LZ127:グラーフ・ツェッペリン」の場合、対気速度、時速115kmの場合、1度のトリムで2トン、2度の場合3.5トン、3度で4.5トンの動的揚力が期待されていた。

現在、フリードリッヒスハーフェンで遊覧飛行を行っているツェッペリンNT07型では主船体両側に取り付けられている推進器は可変ピッチで上下にチルト出来るので、これで浮力の調整をすることも出来る。戦前の硬式飛行船ではアメリカ海軍の同型船「ZRS4:アクロン」、「ZRS5:メーコン」の推進器はチルト方式であった。

飛行船は、浮遊状態での姿勢制御も重要である。「LZ127:グラーフ・ツェッペリン」が最初の訪米飛行で北大西洋を航行中に大きく傾斜し、朝食準備の出来たテーブルをひっくり返すことがあった。空中あるいは水上に浮揚している物体の重心と浮心は常に鉛直線上にある。この関係が崩れれば、たちまち転倒してしまう。同船は44度、49度と傾斜したことがあり、アメリカに納入した「LZ126:ロサンゼルス(ZRⅢ)」はレークハーストで1927年8月に殆ど垂直になる85度に立ち上がってしまった写真が残されている。

ベルリンオリンピック競技場に現れた「LZ129:ヒンデンブルク」は船首を下げて敬意を表したが、そのとき同船では手空きの乗組員が長さ245mの船体を縦走する船内通路の後端から船首に向かって一斉に走っていたと言われている。

これに較べると水上船舶は千倍も密度の異なる流体の境界面に浮かんでいるので、例え100トンのものが載せられたり吊り上げられたり、船上で100m移動したとしても殆どトリムに影響はない。僅かに喫水やトリムが変わるだけで大きな浮力差が生じモーメントを吸収してしまうからである。

このように静止状態の水上船舶では、当直は何か異常がなければすることがないが、飛行船では静止状態を維持するために一瞬の気のゆるみも許されないのである。

ブリッジでの当直は、水上船舶の場合、当直航海士1名と操舵手(クォーターマスター)1名の3直配置であるが、ログブックに気象・海象を記録するほかに殆どすることはない。これに対して飛行船では航海士1名のほか、当直船長とも言うべき監視士官が立ち、操舵手は方向舵手と昇降舵手が3直で勤務していた。

飛行船の微妙なトリム変化、気圧や気温の変化、気圧配置にもとづく風向・風速を見誤れば飛行を継続出来なくなるからである。特に昇降舵手は経験と勘のはたらくベテランが必要とされた。

「ZRⅢ(LZ126:ロサンゼルス)」をアメリカに空輸する予定の1924年10月12日の朝、フリードリッヒスハーフェンを飛び立とうとしたが、気温が上昇して浮揚できず出発を翌日早朝に延期しているし、1929年の世界一周で「グラーフ・ツェッペリン」がロサンゼルスに寄港したときは砂漠地帯のカリフォルニアの気温差で浮揚ガスを排出したため、浮揚出来なくなり、乗組員を数名下船させて辛うじて浮揚している(彼等は別便でアメリカ大陸を横断することになった)。

余談ながら、船舶工学を学び始めた頃、船尾に重いエンジンを載せた機関室があり、中央部・船首部の船倉が空でも船はなぜ傾かないのかと思った記憶がある。水の浮力は鋼鉄の塊のような装甲軍艦を浮かせることでも判るように強大なものである。

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